仙台高等裁判所 昭和30年(う)132号 判決
原判決は、尊属殺の本件公訴事実中殺意の点を認めず、尊属傷害致死と認定したのであるが、記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴すれば、右殺意は之を肯定するに十分で、原判決が之を肯定しなかつたことは事実を誤認したものと認めざるを得ない。以下之を説明する。
一、本件において、被告人が殺意をもつていたとすれば、それは予謀に出たものでなく、犯行の際激昂の余り瞬時に決せられたものと認めるべきであることは疑いがない。そこで、たとえ激昂したときとはいいながら、実の孫であり、女性でもある被告人が、祖母たる被害者ミツに対し、こうすれば死ぬであろうということを未必的にでもわかつて居りながら、敢えて暴行を加えるということがあり得るであろうかということが一応問題となる。
記録及び当審における事実取調の結果によると、被害者ミツは、人並外れて勝気な、口喧しい、激しい性格であつたが、被告人もまた激しい性格であつた。恐らくは二人のそういう性格と、一面実の祖母と孫というへだてのない間柄であることに大きな原因があると思われるが、二人は互いに争を起し易く、かつ、争うと、互いに無遠慮にけんかをするという風があつた。ミツは早くから被告人の母トシイ(ミツの長男の嫁)と折合わなかつたが、被告人はトシイに味方してミツと対立し、そのため、数年前迄は、トシイと被告人とはミツとの間に折々激しいけんかをし、ある時は被告人がミツの顔面を強打して、黒血の寄つた傷を負わせたこともあつた位である。原判決の判示している本件犯行の直接の誘因になつたミツと被告人との口論の模様や、そのけんかの発展の状況も、到底女同志とは見られない激しさであるが、これもまたミツと被告人との性格や二人の争い方の激しさを窺わしめるに足るのである。このような二人が、原判示のように争つた場合、被告人が激昂して、前後の辨えもなく、ミツが死のうとどうなろうと構わぬという気持になつて、ミツに暴行を加えるということは、あり得ないことではないと認められる。
二、次に、被告人は、原審公判廷において、殺意を否認しているが、その趣旨は、ミツが手斧を振上げたのを見てからは、はつと思い、それからのことは全く判らないというのであつて(原審第四回公判廷における被告人の供述)、要するに、昂奮の余り、自分の行為の結果、ミツが死ぬことがあるということについて、全く認識を欠いていたという趣旨と解される。ところが、被告人は、司法警察員及び検察官に対する数通の供述調書(被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書に原審以来、その任意性が争われていない)中で、控訴趣意も指摘している如く、少くとも未必的殺意と解するに十分な「どんなことになつても構わないという気持になつてしまつたので、二、三回斬りつけたように憶えて居ります」(八月二日附司法警察員に対する供述調書)との供述や、その他明かにその際咄嗟に殺意を決した旨の供述(右各検察官に対する供述調書)をしているのである。尤も、捜査官に対する供述調書でも、右同年八月四日附司法警察員に対する供述調書中には、「此の時は全く夢中でどんな気持であつたか今思出せません」(記録三六三丁表)とて前記原審公判廷における弁解と同旨の供述があり、又同月二十日附検察官に対する供述調書中には「前には祖母が手斧を振上げたのを見たとき、これを奪返して祖母を殺す気になつたとはつきり申上げましたが、そのようにも思われるのですが、夢中になつてしまつたので、はつきりとは、何時殺す気になつたとは申上げられません」(同上三九一丁裏)とて、捜査官に対する従前の殺意を肯定した供述を若干変更する旨の供述をしたこともある。そこで、以上被告人の各供述中、原審公判廷における弁解或いは、八月四日附司法警察員に対する供述調書における供述と、その他の捜査官に対する供述と果して何れを以て真実と認めるべきであろうかが問題になるので、之を次に検討する。
(イ)被告人の司法警察員に対する前記八月二日附供述調書には、犯行の前後の経過として「(前略)すると、『覚悟の上で動いてゐるんだから、ほだこと言われつことない。ぶつたゝきつけられんな此の女子』と婆ちやんがいつて、豆(大豆)の入つたザルの中あたりからマサカリを取り出して右手に持つてゐて肩の辺に上げた様でした。それを見た私はハツと思い、そばに行つて右手で取り返しました。振り上げた瞬間に行つて取返したので、私は力が入つていたのですぐ取返したので別に怪我はしませんでした、そして婆様を押し倒したところ箱の前に倒れたのであります。その時私はマサカリを持つて逃げればよかつたのですが、何と言つても悪口を言われたり、脅かされたりしましたからカアツとなつて了い、右手で婆様の後首を切りつけて了つたのであります。何んなになつても構わないという気持になつて了つたので、二、三回位切りつけたように覚えています。姿ちやんが声をたてたかどうかは憶えていません。そして、私は死んでしまつたと思いましたから、別の室に行つて泣いていたところ、母が来て『何んだヨシ子』といわれましたから、『婆ちやんこと殺した』といいました。そこに夫も来て『しつかりしろ』と言いましたから、暫く心を落ちつけてから、隣の部屋に行き、マサカリを持つて風呂場に行つて、手と一緒に洗つたのであります。」と供述している。即ち、ミツに斬りつけたときの気持が、「どうなつても構わないという考えになつてしまつた」ものであつたという点はしばらく別として、その他ミツを斬りつけた前後の行動を、被告人はかなり詳細に記憶し供述しているのである。そして、この点の供述は、その後司法警察員及び検察官に対する各供述調書中でも、右と大差のない供述をしており、又、右に摘録したその際の被告人の行動に関する供述は、司法警察員の検証調書、当審検証調書その他関係人の各供述調書及び証言等によつて認められる犯行前後の諸事情と矛盾するところなく、特にミツに斬りつけた部位が「後首」即ち後頸部で、暫りつけた回数は二、三回であるという点の如きは、鑑定人黒田直の鑑定書にあるミツの創傷の部位が後頸部第五、六頸椎の部分で、創は二個である事実とかなり正確に符合しているのであつて、要するに、被告人の犯行前後の事情に関する記憶は、可なりの正確性をもつているのである。
(ロ)右のように、被告人は犯行の際の状況、換言すれば、ミツを攻撃した結果、同人が死ぬことがあるかどうかの認識をもつとすれば、その認識をもつた筈の時をも含む時期の状況を、かなり詳細正確に記憶していたことから考えると、当時の被告人は、昂奮していたとはいつても、自分の行為の結果、ミツが死ぬかどうかについて、全然認識を欠くというほどに昂奮し切つていたとは到底認められない。果して然らば、被告人の原審公判廷及び八月四日附司法警察員に対する供述調書中のこの点に関する前述の弁解は到底措信し得ず、被告人は、その当時、右の点に関する認識をもち得べき状態にあつたものと認めるに十分である。
(ハ)翻つて考えるのに、被告人は、原判決もその旨認定しているように、ミツの振上げた証第一号の手斧を奪い取るや、ミツを押倒し、倒れたミツの後頸部を、その手斧で二回斬りつけたのであり、かつ、前段で検討した如く、被告人はこれらの経過を省略正確に記憶しているのであるが、証第一号の手斧は、刃の長さ四寸余り、柄の長さは約九寸、刃は鋭利さを失つていないものである。この手斧で倒れているミツの後頸部を二回も斬りつける場合、その結果ミツが死ぬこともあるであろうことは、何人も予見せずにはいられないものと認めるべきである。そうだとすれば、前記程度の精神状態にあつた被告人が、右の如き攻撃により、ミツが死ぬであろうことを、少くとも未必的には、之を予見したであろうことは否定し得ない。
(ニ)以上の如く考察すると、被告人の捜査官に対する各供述調書中殺意を肯定した供述は、十分に之を首肯し得るところである。ただ、その殺意は、激昂の余り瞬時に、前後の考えもなく決せられたものであるから、一応前後を考えたかの如き検察官に対する各供述調書中の供述よりも、むしろ、「どんなになつても構わないという考え」になつた旨の八月二日附司法警察員に対する供述調書の方が、自然で、信憑し得る。そして、その供述の趣旨たるや、必ずしも全面的な確定的犯意ではなく、未必的な要素を残している殺意の趣旨と解するのが妥当である。
以上の次第であるから、原判決には事実誤認の違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことはもちろんであるから、原判決は破棄を免れず、論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則り原判決を破棄し量刑不当を主張する控訴趣意については、後段自判の際自ら判断を加えることとなるから、ここでの判断を省略し同法第四百条但し書により当裁判所において更に次の通り判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は幼少の頃実父直栄と死別し、昭和十七年三月福島県相馬郡原町実科高等女学校を卒業後昭和十九年二月佐藤金助と夫婦になつたが昭和二十年一月右金助と別れて肩書住居地の実家に戻り、爾来祖母ミツ及び母トシイの許で農業の手伝いなどをしていたところ同年十月兄仲偵が戦死し、次いで昭和二十三年一月実姉トミも亦死亡し、結局将来は被告人が富沢家の跡目を継ぐことになつたので、右ミツとしては、その頃から被告人の婿には教養ある富沢家にふさわしい者を迎えたいと考えていた矢先、被告人は自宅に農業の手伝に来ていた青田国夫と相思の仲となり、昭和二十四年三月右ミツの意に反して右国夫と結婚するに至つた、ところでミツは生来勝気で働き者であるとともに人一倍口喧しく激しい性格であつたが、被告人もまたかなり激しい性格であつた、ミツは早くからトシイとは折合が悪く、被告人はトシイに加担してミツと激しい争いをしたこともあつたが近年でも被告人がミツの意に反して国夫と結婚したこと等もあり、家庭はミツをめぐつて円満を欠き些細のことで口論等を繰り返して来たものであるところ、昭和二十九年八月一日被告人はトシイから自己がミツの金員を盗み取つたのではないかと疑われていることをきかされ、内心不快に思つていたが、偶々その翌二日正午頃ミツが畑仕事から帰つて前記自宅のミツの居室である八畳の仏間(通称入りの座敷)にいるのに気付き、この機会にミツに対し右の金のことに関し身の潔白を打ち明けて、その諒解を求めるべく、その室の縁側入口に行きミツに対し先ず「婆ちやんこの暑いのに笠もかぶらないで畑に行つてひどかつたろう」とねぎらいの言葉をかけたところ予期に反しミツから「暑いの寒いのと、お前等に云われる必要はない、好きで働いていんだ」と言われたので「また婆ちやんはじまつたのか、かかるものは、きまつているだろう」などと二、三言葉を交わしているうち突然ミツが「ぶつたたかれるな、このおなご」と叫んで右八畳間に有合せた手斧(証第一号)を右手に持つて振り上げ斬りかかるような気勢を示したため、被告人はミツの右態度に激昂し直ちに立向つて、その手斧を奪い取つたが、立腹の余前後の分別を失い、そのためにミツが死ぬことがあつても構わないという考になり、ミツを同室の東南隅部に押し倒した上右手斧を揮つてミツ(当時七十四年)の後頸部目蒐けて二回斬りつけ因つて同女に後頸部割創の傷害を与え、右割創に基く背髄損傷(挫傷及び震盪)により即死せしめ以て自己の直系尊属たるミツを殺害し、同日午後二時四十分頃加藤久を介して司法警察員にその旨自首したものである。
右事実を認める証拠は原判決摘示と同一であるから、ここに之を引用する。
なお、原審において弁護人は、被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨主張したのであるが、諸般の証拠によれば、被告人が本件犯行当時是非善悪の弁別能力を著しく減退していたものとは到底認められず、右主張は採用し得ない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法第二百条に該当するところ所定刑中無期懲役刑を選択し、被告人は自首をしたので、同法第四十二条第一項、第六十八条第二号により自首減軽をし、更に犯行の動機、犯行後の情況、家庭の事情、その他諸般の状況に鑑み其の情状憫諒すべきものと認め同法第六十六条第六十七条第七十一条第六十八条第三号により酌量減軽をし、その刑期範囲内で、被告人を懲役五年に処し、同法第二十一条に則り、原審の未決勾留日数中百日を右本刑に算入すべく当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項により被告人に負担せしむることとし主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 細野幸雄 裁判官 蓮見重治)